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東日本大震災において、宮城県女川町は街の中心部、商店街、漁港、すべてが津波によって壊滅的な被害を受けました。
御前浜(おんまえはま)も例外ではなく、多くの住民と大半の家屋、そして漁業設備の壊滅と大きな被害を受けました。眼前に広がる海原には多くの漁船とサケやホヤなどの養殖棚が広がっていましたが、津波の襲来後は跡形もなく消え去り、陸に打ち上げられた漁具の残骸が痛々しく、言葉にならない感情を胸に焼き付ける光景が広がるばかりでした。

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目の前にある漁場も壊れ、鮭の稚魚を放流するサケ・マス孵化場も半壊しました。
浜で銀鮭の養殖を行なう生産者の、相原一家もまた津波によって、漁船4隻と、自宅隣接の加工場、トラックなど3台。そして養殖いけすと家を失いました。
中でも最も深刻な被災はやはり父を眼前で亡くしたことでした。
今年から銀鮭の養殖に弟も加わり、親子、兄弟で日本一の銀鮭をつくろうと大きな投資を行なった矢先の大津波でした。
 


 

先のまったく見えない状況の中、日々ガレキの撤去やわずかに残された漁具の補修などを行う日々が続いていました。

これからどうなるんだろう・・・。

銀ザケのいけすは全て津波によって壊れ、昨年11月から育てていた銀鮭はすべて放出され、いけすと銀鮭の被害だけでも、4500万円程度の損失となり、船やその他の設備まで含めると約1億円の損害額となります。
 


並みの人であれば「心折れる」この膨大な損失の中で、残された相原兄弟は亡き父の分までと蜂起することを誓います。

また、隣の指浜地区の漁師仲間も同様、銀ザケやホヤ養殖を再開させるため膨大な額の借金をかかえなくてはいけない状況です。

一目で使えそうな漁具といえば山や竹やぶに打ち上げられたブイ(浮き玉)くらいのものでした。
 


養殖業は当然ながら出荷時期を迎えるまで時間を要します。その間は冬の間でも日々船を出して、えさを与えたり網やいけすの手入れも怠ることはできません。

震災前で一日当たり20万円のえさ代が必要でした。当然ながら船には油も必要ですし、会社員の方で言えば給料だって必要になります。

養殖業の再開を模索するうえで最も大きな懸念材料といえば収益が発生するまでの待機期間をどう乗り切るかにあります。
 


しかしここに機会がやってきます。 そう4年前に放流した「サケ」通称秋鮭が帰ってくる時期です。遡上するために湾内に戻ったサケを、定置網を設置して収穫します。
貴重な現金収入の機会がまさに訪れようとしています。
秋鮭の漁獲と同時に「銀ザケ養殖」をスタートさせることで、養殖期間中のコストや生活を補うことが可能になるのです。もちろん定置網も養殖設備もとても大きなコストを立ち上げに必要とします。幸いにして多くの心ある皆様からの援助を承ることができ、また、後払い発注で良いという業者各位の志を得て、辛くも立ち上げ分の経費に目途をつけることができました。
 


ここからは仮設の加工場をもうけ、地元一体となって出荷体制を整えることが必要になります。
また、収穫=漁具の償還をどんどん進めてゆかなくてはなりません。魚も支払いも待ったなしでやってきますから。
以前であれば養殖業の合間にも刺し網漁やウニ・アワビの漁獲。そしてホヤや養殖カキの仕事もありました。こういった生活のつなぎとなる漁業も時を待ち回復させてゆくことで、地元生活の活性化を図りたいと希望します。